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プラちゃんの部屋~変てこスリランカ人留学生(だった)奮闘記~

漢字間違えてても言葉変でも気にしないでね~

プッタラマの家族。

またまたブログの更新遅くてごめんなさい。書きたいことはまだまだあるんだけど、
このところアパラムッダやナワラタナの注文が多くて、これはすごくありがたいことなんだけど、、、ホロスコープの翻訳やオーダーシートの翻訳がいっぱいあって・・・
って言っていると奥さんの陽子ちゃんにそれは言い訳でしょっていろいろ言われるから、
あんまり言わないで、ブログの内容にいきます!

今日は、プッタラマの家について話すよ。
わたしたちはスリランカへ行くと、必ず訪れないといけないところが何箇所かあって、
そのうちの一つがプッタラマです。
プッタラマはスリランカのコロンボ(首都だよ)から、車で8時間くらい北へ行った所にある県の名前なんだけど、コロンボや、わたしの住んでいるガンパハ(空港があるんだよ)から比べると、とても田舎のほうです。

どうしてそこに行くかというと、奥さんの陽子ちゃんが何年も前に一番最初にボランティアでスリランカにきたとき、ホームステイした家がプッタラマの村の家だったんだよ。
陽子ちゃんは初めてのスリランカで、すごく貧乏だけどやさしい家族の人たちに感動して、また来る約束をしたんだって。

そこでボランティアに行った人は誰もその村に二度と来てはいないみたいだけど、陽子ちゃんは、二度目にスリランカに一人で研究にいったときに約束の通りにその家を訪ねていったんだよ。そのときは私と知り合ってもいたのかなぁ、いなかったのかな。
でも、陽子ちゃんがいったときはその家族は引越ししていたんだって。
その理由は、その村は夜中にゾウがいっぱい出て、家を襲ってくるから、何人も死んで、危ないから村の人はみんなその村から出ないといけなくなっちゃったから。
それで他の村に引っ越したんだって。
引っ越しといっても、スリランカでもすごく貧しい家だから、その家のお母さんが
木と土で家をつくって、何とか家族5人くらしていたんだって。

引っ越した家に陽子ちゃんがいったときは、電気もなくて、夜はランプの火で
お父さんが書類を書いていたから、次の年にわたしと一緒に行ったときは
電池で明るくなるライトをいっぱい持っていったんだよ。
でも、そうしたら、家にはソーラーがついていて、電気が入っていたからびっくりした。
それでその家のお母さんやみんなは、陽子ちゃんがスリランカの男性と結婚したのをすごく喜んでくれて、わたしのことも歓迎してくれた。
だから、わたしたちは、その家はもうひとつの家族みたいに思っていて、スリランカに行ったら、すごく遠くて大変だけど
一日でも時間をつくって、プッタラマに行くことにしている。
今回の滞在でも、なんとか行ける日ができて、プッタラマに行ってきた。


わたしの住んでいるガンパハから、プッタラマに行くには、車でずっとずっとこの一本の道を何時間も北へ走るんだよ。時々何時間かすぎると、右の写真みたいな小さいタウンに出て、また何時間もまわりに何もない道をいく。







プッタラマのタウンにつくと、またそこから1時間くらい何もない大きな道路を走って、やっと村へ行く道に着くんだよ。これは村へ続く道。森の中みたいな道を15分くらいいくんだよ。途中で、バイクに4人乗りしている家族と出会ったから、載せたよ。
スリランカは今、オイル代がすごく高いし、車をもっている家は少ない。そういう家はこうやって、4人や5人でひとつのバイクにのって、移動することも多いんだよ。







やっと家に着いたーーー!!!!朝8時ごろ出て、午後の3時くらいになっていたよ。
あれ、、、家が出来てる!!前にすんでいた家も、ほねだけになっているよ!







木と土だけで作った家じゃなくて、大きな家がまだ途中だけど出来ていたよ!
実はこれもこの家のお母さんが自分の持っていたきんのjewelryを銀行に預けて、
お金を借りて、レンガとセメントを少しずつ買ってきて、自分の手で作ったんだって!
これだけ大きな家をつくるのはどれだけ大変か、わたしたちは本当にびっくりしたよ。
でも、この家をつくる気持ちは、お母さんが娘を思う気持ちが原因で、
やる気になって頑張って作ったんだよ。あとでこれについては書くよ。



家に着くと、一番下の女の子が迎えてくれた。
陽子ちゃんが初めてスリランカに行ったときは、この子はかわいい赤ちゃんで、
去年わたしと二人で行ったときは、だいぶ大きくなっていたけど、猿みたいな男の子みたいな感じだったのに、今年は小学校の制服を着て、かみのけも伸びて、女の子らしくなってかわいくなっていたよ。
でも、お母さんはいなかった。お母さんは実家のクルネーガラに行ってるとお父さんが言った。わたしたちは残念だなぁと思った。




家の中をすこし紹介するよ。まだ家は完全に出来ていないけど、スリランカでは家をつくる途中でもそこに住んでいて、作りながら住むことも多いんだよ。
まだこの家は電気は設置していないから暗いけど、ドアをあけると、日本でいう居間みたいなとこがあって、プラスチックいすが置いてあるよ。床は土に見えるけど、牛のふんを固めて作って少しコンクリートみたいに硬いんだよ。
ベッドを置いただけの部屋が3個あった。部屋は4畳半か6畳くらいの大きさであまり大きくはなかったよ。







部屋と部屋の間には廊下があって、奥にあるいていると、ご飯を食べるダイニングキッチンがあった。ここは小さく見えるけど、日本の10畳くらいの広さがあったよ。
その奥はキッチンで、ここも結構ひろかった。水道は家の裏にあるから、大きなかびんみたいな入れ物に水をいっぱいいれて、キッチンにおいてある。この水で、皿を洗ったり、料理に使ったり、紅茶をつくったりする。







家の中を陽子ちゃんと一番下のマヘーシカちゃんと3人でいろいろ見ていると、マヘーシカのお兄ちゃんのペサーンマッリーがいとこを連れて帰ってきた。この子も去年はすごくいたずらの子供みたいだったけど、お兄ちゃんらしい顔になっていたよ!




トイレはどこかな~~?キッチンのドアを出ると、20メートル先にトイレがあった。
今の家はスリランカでも家の中にトイレをつくるけど、この家はまだ水洗していないから、水をくんで自分で流すから、外につくってあるよ。スリランカはこういう外のトイレがまだまだ多いよ。
外に出ていろいろ見ていると、ペサーンマッリーが「お兄ちゃん、お姉ちゃん、こっちへきて!」というから、行ったらマッリーは木に登って何かを投げた!







わたしはすぐわかったから、落ちてきたのを拾ったよ!「オリンダだ~~!!なつかしいな、オリンダ知ってる?」って陽子ちゃんに聞いたら、知らない、ビービーダンじゃないのって。びびだんをわたしは知らないけど、この赤い実は硬くてプラスチックの小さいボールみたいだよ。これを投げたり当てたりしてやるゲームもあって、昔わたしは子供の頃に遊んだことを思い出して、いっぱい拾った。








こんな風に家のまわりは、バナナの木やマンニョッカというおいしいイモや、カシューナッツの木がいっぱい生えているから、いろいろ取ったりして遊んだよ。そろそろ薄暗くなっていって、「あ、!!もうお風呂の時間だ!」っていうことに気づいて、お風呂は当然ないから、近くの湖に行ったよ。
その途中で、牛が20ひきくらい、いっぱい庭にいる家があった!
普通の家では1ぴきや2ひきいるのはよくあって、わたしも、昔家で「ラッティ」というかわいい牛を飼っていたことあるけど、ここまでたくさんいる家は見たことなかった。
陽子ちゃんはこわがっていたから、おもしろかった。








もう太陽がだいぶ沈んでいたから、体をあらいに来ている人は誰もいなかったよ。
それでもみんなで、泳いだり、石を投げて遊んだり、しばらく遊んでいたよ。
岸のところにはボートがあったから、もっと深いところにはボートで行くんだね。








家に帰ってしばらくすると、お母さんがクルネーガラから帰ってきてくれていた!
わたしたちが来るのを知って、予定より早く帰ってきてくれていた!
せっかくだから写真を撮ったよ。でもお母さんの顔が少しくらい感じがした。
これには色々わけがあったんだね。






夜は、お母さんと陽子ちゃんは話をずっとしていた。わたしはずっと朝から運転していたから疲れて先に寝ちゃったけど。
次の日の朝は、ビッタラホディ(卵のカレー)とサンボール(ココナッツの辛いふりかけみたいなもの)とリンゴとアボカードを出してくれた。
卵は庭で飼っているニワトリが産んだばかりのだって。豪華な料理ではないけど、
ここのお母さんはすごく料理が上手だから、おいしくていっぱい食べた!








こんなかんじで、この家の滞在は終ったんだけど、この家には大きな問題ができていた。陽子ちゃんから聞いたんだけど、お母さんが実家のクルネーガラに帰っていたのは、お母さんが自殺をしようとして毒を飲んで、死にはしなかったけど、ずっと病院で点滴を受けていて、その後も具合があまりよくなかったからだ。

どうしてお母さんは自殺しようと思ったのかというと、、お母さんには子供が3人いて、一番上に女の子がいて、ちょうどこの写真の中のマッリーと一緒にうつっているいとこくらいの
16歳の娘がいる。その下がマッリーで、その下が、マヘーシカちゃんだ。
それで、16歳の長女のクマーリは、家にいなかった。
どうしてかというと、駆け落ちしたんだって!!
同じ村の若い男と付き合うようになって、お父さんが怒って、クマーリを殴ったり、
付き合っている男を殴ったりしたんだって。それでクマーリは家にいられなくなって、
その男の家に住むようになってしまったんだって。
スリランカの家は古い考えだから、普通は結婚前の男女が一緒に住むことは
よくないという考えだけど、クマーリの付き合っていた男は、男の兄弟しかいなくて、
男の両親が、女の子が家にいるのが嬉しいから、クマーリが一緒に住むことを喜んでいるんだって。だから、そのまま何ヶ月もクマーリは家を出て、その男と暮らしている。

お母さんはこれがすごくショックだった。
お母さんが自分の手でレンガをつんでいって、この大きな家を殆ど一人で作ったのは
お母さんがクマーリが結婚するときに、結婚式をする家が必要だと思って、きれいな結婚式をしてあげたいから、暑いのに頑張って頑張って、毎日苦労して少しずつ、作ったんだって。
それなのに、クマーリはまだ結婚する年ではないのに、若い男と駆け落ちをしてしまったから、お母さんの夢は突然なくなっちゃったみたいになったんだって。
それとお父さんも、前のようには優しくないし、時々お母さんも殴ったりするようになったし、生きているのがいやになって、毒を飲んだんだって。
陽子ちゃんは、それを聞いて泣いて、わたしを起こして色々言った。

この家は昔、陽子ちゃんが初めて来たときみたいに「貧乏だけど幸せな家」
ではなくなっちゃったって。
この家の貧しさとかいろいろ問題は、、、わたしたちにはどうしようも出来ないことだけど、
陽子ちゃんは、あのお母さんの心の苦しみは少しは取ってあげたいと言った。
あのお母さんは、自分で自分を苦しめているって。
自分の娘は、自分の娘だけど、自分が思うとおりに動かなくなることもある。
お母さんがいい人と結婚してほしいとか、素敵な結婚式を家でやってあげたいと
願っていても、娘は自分の好きな人を選んでしまうから。
これをお母さんがいくら、やめなさいとか、やめてほしいとか悔やんでいても
しょうがない。娘は娘でも独立した人間だから、全部が自分の思うようにはいかないことをお母さんが理解しないといけない。だけど、どうしてもお母さんは自分の娘が一番幸せになるように考えるから、それのせいで、お母さんの考えと娘の道がちがってしまって、お母さんは「あーーわたしの娘がいなくなった!!あんなに苦労して育てて、家も建てたのに」と考えてしまう。
お母さんは娘のことは執着があって、執着のせいで苦しんでいると陽子ちゃんとわたしはわかった。
お母さんだから仕方ないことだけど、もし、娘がすごい病気になったり、大きな事故で死にそうになったら、「もうーどこにいてもいいから、どんな状態でもいいから、とにかく生きていていてほしい」と
希望すると思う。

でも、今のお母さんは、どうしようもないくらい、自分の考えの中に沈んでいるから、
残された二人の小さい子供のことも考えられないくらいになってしまって、
この世界にいるのがいやになってしまって、自殺をしようとしたみたいだ。
でも、わたしと陽子ちゃんと少し話をして、考えが少し明るいほうにいったみたい。

みんなは、こういう苦しい人にはスリランカのナワラタナやアパラムッダを着ければいいじゃないかと思うかもしれないけど、このお母さんの場合は、お母さんの執着が強すぎて、せっかく石がアパラを消す色の光を出していても、お母さんの執着のオーラの色が強く体に残っているから、この色を変えるのは難しいんだよ。
心がやわらかくて、良い考えはどんどん自分にいれようと思っている人は、こういう宝石の良い光をいっぱい吸収して、人生が良い方向へ変わりやすい。

このお母さんは、今は、とてもつらいけど、本当にがんばりやさんで、心の温かい人だから、神様がきっと良い方向へ連れて行ってくれると思う。
わたしの奥さんの陽子ちゃんが大事に思っている人は、陽子ちゃんについている神様がいろいろ助けてあげるから、段々幸せになっていくとサーッタラが言ったから、
きっと大丈夫だと思う。あのお母さんが大変なときに、わたしたちが訪ねて行ったのも何か理由があると思う。これからもずっとこの家族と一緒に人生を進んでいきたい。

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