プラちゃんの部屋~変てこスリランカ人留学生(だった)奮闘記~

漢字間違えてても言葉変でも気にしないでね~

紅茶の旅

皆さん、こんばんは!
今日はNHKの「探検ロマン世界遺産」という番組で、スリランカを放送していたんだけど、見てくれた人いたのかなあ。わたしは前からドキドキ楽しみに待っていたんだよ。
また再放送をやるから見て下さい。
10月29日(水)15:00と、10月31日(金)16:05からあと2回やるみたい。
これは、スリランカの仏陀の歯のお寺とか、キャンディという地域のことをやるんだけど、スリランカの民族の戦争のこともやる。2001年8月にスリランカの空港がタミル人の軍隊に爆弾を落とされてめちゃくちゃになって、それもちょっとうつるんだけど。

わたしはちょうどこの時、日本に行くことがきまってワクワクしていたのに、戦争で飛行機がめちゃくちゃになったから、もう行けないのかと心配していたんだよ。
だけど、飛行機はちゃんと飛んで、わたしは日本に行くことができた!!!
これはアパラムッダのおかげだとわたしは思っている。
わたしが日本に行くことが決まったけどいろいろ問題があって困っていたときに、わたしのお母さんがホロスコープを作る人に相談をしにいったら、あのおじさんはアパラムッダを作ってみてと言った。それを作ったあとはいろいろバリアがあってもわたしはすぐに日本に行けるようになったからだ。

話がずれちゃったけど、スリランカの戦争は、ほんとうに一部の軍人がやっているだけでみんな終ってほしいと思っている。わたしたちもタミル人の人たちとよく付き合っている。何でもビジネスや仕事をちゃんとやってくれるからだ。スリランカの民族こととか、とにかく勉強になるので、良かったらテレビを見て下さい。

それで、キャンディの紅茶のことがやっていたから、わたしは今回紅茶のことを書くことにきめたんだよ。本当はキャンペンのことを書きたいと思っていたけど、みんながジュエリー買うわけじゃないし、買ってくれた人もわたしのブログを見てくれているから!
今日はわたしが猫が大好きだと言ったら、お客さんが飼っている猫の写真を送ってくれた。
早く猫が飼えるところに引っ越して、小さいかわいい猫を飼うのがわたしの夢だ。

話は紅茶に戻るけど、わたしたちは今回スリランカですごく忙しかったんだけど、ある土曜日と日曜日はお店がいろいろしまっているから、何にもやることが出来なくなったから、
みんなで1日だけヌワラエリヤというキャンディよりももっと高い山の方へ旅行にいくことにした。

実はどうしてヌワラエリヤに行こうかと決めたかというと、陽子ちゃんが誰かからホワイトティーという高いスリランカの紅茶があると聞いたからだ。日本では25g2000円くらいで売っていて、すごくおいしい紅茶なんだって。日本で25g2000円ということはスリランカでは絶対すごく安いはずだといって、宝石も手に入らなかったら紅茶のビジネスをやろう!ということになって、わたしたちはホワイトティーを探しに行ったんだよ。

まずコロンボのティーボードという紅茶センタみたいところにいって、ホワイトティーを探したけど無かった。だからヌワラエリヤの紅茶を作っているところに行きたいと思っていたからだ。
 これはコロンボのティーボード。ここには無かった。


だから休みが出来たから、すぐにヌワラエリヤに行こう!ということになったんだよ。
小さい車にわたしと陽子ちゃんと両親とわたしの弟と弟のお嫁様の6人でいくことになった。太っている人が多いから、車の中はきつかったけど、すごく楽しかった。

これは行く途中で、山の方の滝があったから降りて見たんだよ。
お風呂みたいに体を洗いに来ている人もいた。



朝7時ごろ家を出て、お昼くらいに紅茶の工場についた。
わたしと陽子ちゃんは、ここにあのすごくおいしい高い紅茶があると思ってワクワクして行ったんだよ。

これが紅茶の工場。観光できるために綺麗でしょ。



入ったらすごく紅茶のちょっと葉っぱの苦いみたいないい匂いがした。
わたしたちは紅茶を何十年も飲んできたけど、紅茶の作り方は全然わからなかったから、ガイドさんにお願いしていろいろ教えてもらった。でも、陽子ちゃんが紅茶も日本のお茶もわたしたちがよく飲んでいるプーアール茶も全部葉っぱは一緒だと言ったから、それが一番びっくりした。

紅茶の葉っぱを綺麗にして、悪いのを取る作業している人。



匂いをかいでみたりしたけど、まだ紅茶の匂いはしないよ。



わたしがホワイトティーについて言ったら、これがホワイトティーだと見せてくれた。

葉っぱの真ん中の細いところがシルバーチップというホワイトティーになるところ。
このおなかはわたしのじゃなくて、ガイドさんのだよ。



わたしもみんな早くホワイトティーを飲んでみたいと思ったけど、まだ工場をいろいろ説明あるから、ゆっくり見ていったよ。

工場は殆ど女の人が働いている。疲れている顔をしているから、仕事は大変だと思う。



ここにもサリーを着た女の人が重いやつを動かしている。殆どがタミル人の女の人。



色んな製造のやり方を見ていった。葉っぱはかわかしておいておくだけだと思っていたけど、いろいろ熱いやつでプレッシャーしたり大変なんだね。

これが出来た紅茶のサンプル。
いろいろ種類はあるけど、上の真ん中と左がホワイトティーだ。



紅茶はいろいろレベルがあって、上のホワイトティーと呼ばれているシルバーチップ、ゴールドチップというのがすごく高いやつで、ペコーとかオレンジペコーというやつも高級で、ブロークンオレンジペコーというやつもいい紅茶だって。それでスリランカの国内でわたしたちがみんな飲んでいるやつは下の一番右のダストというやつ。他の良い紅茶を取ったあとのダストだからだ。だから、海外に輸出したあとの残りをわたしたちがみんな飲んでいるということです。それが一番安いから。でも、味はすごく濃いから、ミルクティーにして飲むとすごくおいしい。

だいたい説明が終ってやっとホワイトティーを飲めるようになった。外に紅茶やケーキを飲む綺麗なところが作られてある。

紅茶工場のとなりにあるレストラン。白人の観光客がいっぱいいた。



こんな外にも綺麗ないすが置いてあって、風景を見ながら飲むことができる。



これがやっと出てきたホワイトティーだ!!!色が薄いからホワイトティーなんだって。


わたしも陽子ちゃんも家族もみんな、ホワイトティーの話をいっぱいしてきたから、すごく楽しみに飲んでみた!!!
わたしと陽子ちゃんは砂糖をいれないで飲んでみたけど・・・飲んでみんな何にも言えなくなっちゃった。だって全然おいしくなかったんだよ!!!
弟とお嫁様は砂糖を入れたらおいしいかとやってみたけど、もっとまずくなって、残しちゃった。わたしも陽子ちゃんもこれはだめだーとがっかりしちゃった。
こんなにおいしくないものがどうして日本で高い値段で売られているのか本当に意味がわからない。ビジネスをやるとしたら、わたしも陽子ちゃんも納得するくらいクォリティあるものじゃないといけないから、結局ホワイトティーはやめましょう!ということになった。なかなかビジネスは簡単じゃないんだなあ。

まぁ、紅茶はすっかり忘れて、ヌワラエリヤで旅行を楽しむことにした。

これがヌワラエリヤのタウン。町がイギリスの建物が多い。



ヌワラエリヤは、昔イギリス人がスリランカを支配していたとき、ここで紅茶を作らせたからいっぱいイギリス人が住んでいた。だから、町の建物とかいろいろイギリスの作り方でかっこいいんだよ。

これは銀行。ダイアナプリンセスの家みたいでしょう。



この後はご飯を食べて、ホテルを探して寝ることにした。ここは山の方ですごく寒いからいいホテルじゃないと寒いけど、綺麗な家を1個、ホテルにしているいいところが見つかった。部屋が4つあって、全部お湯が出るシャワーもあってよかった。写真を撮るのを忘れちゃってごめんなさい。

次の日は、朝ごはんを食べた後、植物園にいった。ここは山の方で、わたしたちが住んでいるところとは違う木がいろいろあるからだ。

バラの花も結構いっぱいあった。

陽子ちゃんが日本じゃバラの花は1個1000円くらいすると言ったらみんなびっくりした。
わたしもバラの花束が1万円くらいするなんて知らなかった。陽子ちゃんがわたしにくれないから知らないんじゃんと言ったけど。でもわたしは、どこかの家の壁から出ている花を陽子ちゃんに持ってきてあげたら喜んでくれるからその方がいいでしょう。

わたしが記念写真を撮った。



かわいい小さい女の子もいたから撮ったよ。寒いところだからユニクロを着ている。



その後は、昔のイギリスのキリスト教のお坊さんみたいな人たちが修行をしていた家を見に行った。
なんかディズニーランドのおばけやしきみたいでしょ!



中もイギリスの映画みたいだ。スリランカじゃないみたい。



この絵のおじさんの目があっちから見てもこっちから見ても自分を見ているんだって。



ヌワラエリヤはいろいろ見るところがあるけど、わたしたちは明日も仕事があるから夜までに帰らないといけないからもう帰ることにした。
帰る途中で馬がいっぱいいるところを見つけた。わたしは動物が大好きだからこれはポニーという小さい馬だとわかった。

小さい男の子がわたしたちにポニーにのらないかと言った。



でも、ポニーは小さい馬だし、わたしもお腹が太ったし、陽子ちゃんも大きい馬ならいいけど・・・と言って遠慮したけど・・・

弟のお嫁様が乗っちゃった・・・



ちょっと重そうで小さいポニーがかわいそうだとわたしたちは日本語で話した。

でも、弟とお嫁様は馬に乗ったプリンセスとプリンスの気持ちで楽しそうだった。


こんなふうに馬にのったり、途中でおやつを食べたりして帰ることにしたんだよ。

山だから途中でこんな映画みたいな道も通ったよ。



車の中から撮ったヌワラエリヤ。空気がきれいですごく気持ちが良かった。



ヌワラエリヤはスリランカの中ではすごく寒くて、日本の今の天気みたいだ。
日本はもう1ヶ月以上も帰っていないから、少し日本の冬のことを思い出した。
日本の冬を思い出すとキムチ鍋とかホッケの焼いたやつとか、あったかくておいしいものがいっぱい出てきた。
わたしはなんだかんだいっても日本が好きだなあと思った。
食べ物だけじゃなくて、わたしは日本ですごく楽しんで仕事をしているし、
生活していていつも嬉しいことがいっぱいだからだ。
それはいろいろ、皆さんがわたしたちを助けてもらっているからだと思う。
ほんとにいつもありがとうございます。
紅茶のビジネスはだめだったけど、宝石がうまくいったから、
私はこの道で出来るだけ頑張っていきたいと思う。
これからもどうか応援を宜しくお願いします。

あと、時間があったら、あのNHKのテレビも見てくれたら嬉しいです。

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大きなアーダーラ

皆さん、こんにちは。
いつもわたしのお店やこのブログを見に来てくれてありがとう!!!
なかなかブログを更新できなくてすみません。
ホロスコープ翻訳は今は無いけど、陽子ちゃんがお店のHPを作ったり
いろいろ注文をもらったりしていて、あまり寝ないくらい忙しいから
わたしが料理をつくったり、そうじきをかけたり洗濯をやったり、あとはジュエリー写真をとるのにいろいろ手伝ったりしていて、ゆっくり時間が無かったです。
でも、今週はまたいろいろお客さんから、お菓子がもらって本当に嬉しかったです。
わたしが食べられるものと食べられないものもあるけど、なんでも食べ物をもらえるのはすごく嬉しい。それはたぶんわたしが子供の頃すごく貧乏でいつもお腹が減っていたからだと思う。だからわたしはアメ1個もらうだけで今でもすごく嬉しくなる。
でも、申し訳ないから、お客さんはお菓子とかプレゼントはいらないです。
お客さんもみんな仕事をやっていたり、お母さんだったりいろいろ忙しいし
お金もかかると思うから、これからはそういうものは気持ちだけもらうので
いろいろ気を使わないで下さい。

話はアーダーラのことをやっと書こうと思う。
アーダーラは、スリランカの言葉で募金で何かをあげることです。
わたしがスリランカに行くといったので、お客さんがスリランカの貧乏で困っている人を助けてくださいとお金を送ってくれたから、今回もいろいろ人を助けることができた。
わたしたちはそういうことをやりたいと思っているけど、こんなにいっぱいの人はなかなか出来ないけど、募金をもらって出来ないことが出来るようになって本当にありがとうと思っている。

今回は、スリランカでも村が全体に貧乏なところへ行くことにした。
わたしの親戚はほとんどみんなスリランカの貧乏の地域を助けるNGOとか組織で働いている人が多いから、どこが貧乏かとかはよくわかっている。
今回は山の中の村にいくことにした。そこは山の上の方でいつも水を取りに山の下まで行って、水を毎日何十リッタも山の上の家までもっていかないといけないところだ。
そういう村へいくことにした。

いろいろ情報をもらっておいて、先に村に子供が何人いて、どれのグレード生徒かということを調べて、文具をいろいろセットすることにした。学年によって、ほしいノートとか文具が違うからだ。
これの準備は陽子ちゃんがくる日の前の日にやっていた。陽子ちゃんがくる次の日にアーダーラをやる日として村に伝えていたからだ。

ノートや鉛筆ボールペンの山。これを一人一人セットを作らないといけない。


今スリランカは物価がすごく高いから、ノートも1冊60円くらいする。ボールペンとかは日本の100円ショップの方が安いくらいだ。だから、スリランカの貧乏の人が文具を満足するくらい買えないのはわかるでしょう。

日本から来た陽子ちゃんが子供はやっぱりお菓子もほしいでしょうと言って、わたしたちのお金でお菓子を買っていくことにした。

わたしの家のお店のお菓子を買ってあげた。

ビスケットを1箱売って1ルピー(1円)くらいの利益だけど、お母さんは「あー今日のビジネスはいいねー」と言った。

 ビスケットは紅茶と一緒においしい。1箱30~70ルピー(円)だよ。


そこの山の中の村は、わたしたちのガンパハというタウンから車で1時間半くらいだけど、道が難しくていろいろ迷っちゃった!

ご飯をつくるために木を家に運んでいる人だ。

貧乏ということは、1個1個のことが全部大変だ。料理をする水も山の下にとりにいかないといけないし、火をつくる木も探しにいかないといけない。わたしの家は、わたしのおかげで今ガスを使っているから幸せだと思った。
途中で、道の横で体をあらう人たちに会った。赤ちゃんが自分で水をかけているけど、下は雨の水をためただけのタンクで、深いし、落ちたら危ない。

これはわたしが撮ったんじゃないよ!!


それにわたしたちがスリランカで借りた車は、あまりよくない車だから山を登れなくなってすごく困ってしまった。
車を降りて困っているわたしたち。村の人が心配している。


でも、なんとか目的のところについた。
村のお寺の集会所みたいところに集まってもらっていた。


やっぱり子供たちはわたしたちをあやしい人だと思っているみたい!


アーダーラを始める前にお坊さんがお祈りをして、みんなでピリットというお経を言う。


そのあとにわたしがスピーチをして、どうしてこういうものがもらえるか説明をして、やっと文具セットを配るんだよ。

子供はもらうとき私の足にひざまついて感謝をするんだよ。
これはスリランカでは普通のことで、わたしは子供の頭を触ってあげる。

子供はいっぱいいるから陽子ちゃんもセットを配った。
陽子ちゃんと顔が似ている女の子がいたから写真を撮った。

その後にお菓子も配った。
子供はどんなお菓子がもらえるか真剣顔をして選ぶんだよ。

大体、お菓子をみんなにあげたら文具をあげたときより、嬉しい顔になった。
陽子ちゃんがはい、みんなありがとうの顔してちょうだいと言ったらみんな手をあげたよ。


でも大人に近い子供たちは、恥ずかしいから手はあげないで笑っている。
本当はすごく嬉しいと思う。

とりあえず夜になって、子供が家に帰れなくなるといけないから、あげてすぐに終った。
だけどそのあとで、わたしたちはどれくらいその村の人が貧乏なのか家を見に行くことにした。
家は山の道を登っていく。これは山の上の家から降りてくる所。

山の道はすべるし、石とかいっぱいで暗いし危ないから、陽子ちゃんは登れなくなって、わたし一人で見に行くことにした。

こんな家だった!!


たぶん、日本の牛小屋よりヤバイ貧乏な家かもしれない。毎日この家のお母さんは山をおりて、水を重いのに頑張って山の上の家までもっていかないと生活ができない。
雨の日とか、台風の日もあるのに、どうやってもっていくんだろう。

この家に住んでいる家族だよ。


それでも家の中に仏陀や神様を飾っている。神様はこういう家を助けてあげないかな。


でも、信じられないかもしれないけど、わたしが子供の頃はこの家よりももっとヤバイ家に住んでいたこともあったよ。この家はまだ電気があったけど、わたしの家は電気やいすも何にも無かったから。本当に生活をすることだけで生きていくことがすごく大変だったよ。

ところで、これはジュエリーを作る職人さんの家。
結構高い工賃をとっているからやっぱりお金持ちでしょう!子供の机もあるから!


今回のアーダーラはこんな感じでおわった。わたしたちが家に帰ったときは真夜中だったけど、家には電気もついているし、水道もあるし、幸せな家だと本当に思った。

それと、今回アーダーラはできるだけ路上生活者の人とか、道でお金を下さいとお願いしている人たちにも出来るだけあげることにした。
もしかしたら、商売でやっている人たちも中にはいたかもしれないけど、陽子ちゃんが言うのは「商売でもそうやってプライドを捨てて、人にお金を下さいということがどれだけ苦しいことか、そうやって生活しないと生きていけないことを考えて」と何回もわたしに言ったけど、わたしの子供のころの貧乏の苦しさも理解してくれているのかな。

ヌワラエリヤの寒い地域でお金を下さいと言うおばあさん。
家族の人はどうしたのかなあ。写真を撮らせてもらった後はちゃんとお金をあげたよ。


これもヌワラエリヤで会ったおじいさん。首の下に英語で「わたしは耳が聞こえないし、話ができなくて、仕事ができないでとても貧乏です。花を買って助けて下さい」と書いてあった。
お金もあげたけど、なんかとてもいい顔をして笑っているおじいさんだったよ。


結局、スリランカの貧乏の人は何十万人も何百万人もいるから、わたしたちがやったアーダーラは少しだけだけど、わたしは本当に嬉しかった。
少しだけど、少しじゃないよ。わたしが日本に来なかったら、日本の人からこんなにたくさんの募金をもらって、人を助けてあげることは出来ない。
わたしが貧乏のときは、ほんとうに1円でもくれたらパンが食べられるのにと思って、いつも道にお金が落ちていないか頑張って探していた。だから、わたしが子供の頃に、こんなアーダーラでビスケットを1箱もくれたり、手が重たいくらいいっぱいノートや鉛筆をくれる人がいたら、どれだけ嬉しくて泣いてしまうかと思う。
今は物価も高いし、貧乏なところはもっと貧乏になって、大変なんだよ。
だから、やっぱり少しでも出会った貧乏で困っている人に何かをあげたのはすごく助かったと思う。

本当にありがとうございました。お金もうれしいけど、わたしの国のことを理解してもらっている気持ちや、わたしの国を考えてくれている時間があることが一番わたしの大きい幸せです。

あと、アーダーラだけじゃなくて、ご注文をくれて、わたしたちの生活を助けてくれている、お客さんもいつもありがとうございます。一つ一つの注文のおかげで私は生きているし、アーダーラをもらう立場じゃなくて、あげる人になっていることがすごく嬉しいと思っている。
わたしも、もっと皆さんにちゃんといろいろもらっているものを返していけるように頑張っていこうと思う。
いろいろご迷惑をかけてしまっている人もいると思うけど、これからもわたしは一生懸命頑張って責任をちゃんともって仕事をしていこうと思うので、宜しくお願いします。

石の仕入れ

皆さん、こんにちは!
帰国してから、ゆっくりいろいろ書けなくてごめんなさい。
わたしのホロスコープ仕事は全部やっと終ったから、やっとこれを書く時間ができた。
書きたいことはいっぱいあるんだけど、私は店長だから、石のことを最初に書きます。
あとは、お客さんにもらった募金でやってきたことも書かないといけない。
この二つをまずさいそに書きます。

わたしの家です。お母さんが小さい店を始めた。これはまた今度かくよ。


とにかく今回のスリランカの感想は、今までで一番大変だった。
奥さんの陽子ちゃんがこれないから、全部わたしだけでやらないといけなくて、
毎日雨ばっかりだったし、停電の日もあったし、本当に仕事が進まなくて困っていた。

一番困ったのはオーダーしてもらったジュエリーを作るのに必要な石を仕入れることだ。
今までは宝石がとれるところで有名なラトナプラに何回も行けば、何とか買ってくることが出来たけど、今回はラトナプラにも無くって、あるものをしょうがないから買って、
ジュエリーを作ったけど、後から来た陽子ちゃんに「こんな汚い石でいいわけないでしょう!!!」と怒られて、作ってあったジュエリーから汚い石をとって、また二人でいろいろところへ石を買いに行かないといけなくなった。
コロンボやニゴンボという所の大きなジェムセンターにも行ったけど、結局買えるものは3mmの石しかなくって、わたしたちも何日も車でいろいろところへ行って、疲れて死にそうになっていた。

探せない石は、もう4mmサイズだと殆ど難しいけど、1番はルビーで、次はピンクサファイヤ、ブルーサファイヤの順番で探せなかった。ルビーは3.5mmも探せない。

とりあえず、わたしたちはコロンボのワールドトレードセンターにいかないといけなくなった。
陽子ちゃんの乗る予定だった飛行機が、エンジン事故で乗れなくなって、遅れてきた理由で、チケットをもう一度確認するために、スリランカエアライン本部に行かないといけなくなったからだ。
わたしの家はガンパハという県だけど、車で2時間くらいかかる。


車の中から見たワールドトレードセンター
ここで運命の出会いがあった!


わたしはもともと田舎に生まれて、あまりこういうコロンボの都会に来たことが無かったから、とても緊張していた。チケットは何とかFIXできて、安心した。
お腹がすいたから中のレストランでご飯を食べたけど、普通のスリランカのご飯で
二人で900ルピー(900円)もした。町の中なら二人で半額で食べられるけど、何だかあんまりおいしくないのに、高かったねと話しながら店を出て歩いていた。

そうしたら陽子ちゃんがある男の人を見つけて、「あれ~?この人、どこかで会ったことあるかなあ?」と言って、ちょっと見ていると男の人も気づいて、私たちに話しかけてくれた。その人はアショーカという名前でビジネスで、ワールドトレードセンターにきていた。その人とは会ったことは無かったけど、何とその人は前の大統領と一緒に日本にきたことがあるんだって。今の大統領もアショーカの友達だという!

それよりもわたしたちがジュエリービジネスをやっていて石を買うのに困っていると言ったら、「あーそれならわたしの親友が海外に石を輸出しているから紹介してあげるよ」といってすぐにその人のところへ連れていってもらうことになった。

わたしたちも、コロンボの都会でこういうところで出会った人は、すこしあやしいと思う気持ちがあったけど、もうどうしようもなく困っていたからついていった。

アショーカの車の中には何かのリモコンがあって、陽子ちゃんがこれは携帯電話かときくと、家の車のガレージのリモコンキーだといった。それでわたしたちは、この人はかなりお金持ち人だと思った。
石を売ってくれる人の家にいく途中の車の中で、アショーカは日本が大好きで日本で食べた刺身やラーメンの話をして、わたしたちも段々この人が信じられるかもしれないと思うようになった。

石を売ってくれる人の家は、また大きなお金持ち家だった。
わたしも陽子ちゃんも少し緊張していたら、石を売ってくれる人が出てきて
「あー、どうもどうも、はじめましてー」と日本語で言って、頭を下げた。
ビックリしたのは、その人が日本に何年も住んでいて日本語がペラペラだということだ。
その人の名前はDさんという。(日本のジュエリー業界の人が見たら、やばいから顔も
名前も出したらだめと言われている)
Dさんは、世界から原石を輸入して、自分のところでカットをして日本や世界のジュエリー問屋さんのところに卸している人だった。
特に日本は関西の方が中心だということで、陽子ちゃんは「関西人の相手ビジネスなら、しっかりしたものを売ってくれるでしょう」と言った。

右がアショーカ。左が秘密のDさんだ。


とりあえず、石の話をして今回ジュエリーに必要な石だけ2~3日で用意してくれることになった。普通スリランカ人の店にいくと、その店になかったら「うちにはない」と言っておわって、自分で次の店にいかないといけないけど、Dさんはわたしたちの見ている前でいろいろ所に電話をかけてくれて、石を探してくれた。
ただ、わたしたちが必要な石は4mmの大きさだから、少し大きい石はリカットして大きさをそろえないといけない。

自分の家にカット工房があった。Dさんがいうのは、うちのカットの技術は特に高いし、それはそれだけ他のカット工場よりもいっぱいお給料をあげているといった。
そして、石をカットすることはただ仕事をするだけの目的じゃなくて、バーワナーの効果があるといった。バーワナーは瞑想のことで、一生懸命石に集中して作業をしていると、他のことは何にも忘れないといけない。そうするととても綺麗なカットの石が出来るんだよ。といろいろ教えてくれた。

カット工房のひとたち



わたしたちが少し安心したのは、Dさんが関西人相手のジェムディーラーということだけじゃなくって、とても石のことが好きな人で、自分の下で働いている人たちにも良い教育をしているということだ。

とりあえず、石のお願いをしてかえることになった。
帰るとき、アショーカはわたしたちが行ったことがないような所へいろいろ案内してくれた。
国際展示場だよ。


あとは、スリランカの警察をまとめている一番上の人にも会いにいって、わたしと陽子ちゃんを紹介した。スリランカは警察がまだワイロや汚いことで動く世界だから、お金がないと、何かの事件があったとき困る世界だ。アショーカは、この人と知り合っておけば、あなたたちが何かヤバイ事件があっても大丈夫だよということを見せたかったみたいだ。

あとは、ぺターというところのジュエリーを作るのが得意な店がいっぱいあるところも紹介してもらった。とにかくアショーカは顔が広くて何のことでも知っている。

ぺターの町。前がアショーカ。



わたしは家に帰ってもなんか不思議な気分だった。今までわたしが一人でやっていたときは毎日雨ばっかりで、陽子ちゃんが来たとたんに雨がふらなくなった。
チケットをつくりにいったのに、陽子ちゃんが見つけた人がまさかこんなにいろいろやってくれる人で、あんな大きいパワーのある人たちと知り合いで紹介してもらうことが出来た。

石を買いに行ったとき、アショーカやDさんとわたしと陽子ちゃんはすぐに仲良くなっていろいろ話をした。途中で手の占いの話になって、アショーカがわたしの手を見て、昔はとても苦労をして家を何個もかわっている、でもこれからはビジネスが成功する良い手をしていると言ってくれた!
アショーカはわたしたちが石を買って、Dさんから少しはマージンをもらうかもしれないけど、まぁ、それでもいいと思った。

3日後、石をもらいに行った。本当に石ができているか不安だった。
一応、スリランカで私たちの仕事をしている私の弟も紹介しようと思って連れていった。
わたしと弟のスドゥ。

わたしの後ろの写真はDさんの娘で「おしん」という名前だ。Dさん夫婦が日本にいたときに生まれた娘で、そのときにはやっていたドラマがおしんだからだって!
Dさんが「おしん、おしん」と娘を呼ぶから、陽子ちゃんはおかしくて笑っていた。
おしんは貧乏な日本人なのに、こんなお金持ちのプクプク顔のスリランカ娘がおしんだからおもしろいと言った。

とりあえず緊急必要な石がやっと買えた。
石をリカットしてもらったら、やっぱりカットが上手だから石がすごい綺麗なやつで、
陽子ちゃんもこれはかなりいいものだよとビックリしていた。
値段はやっぱり高いけど、コロンボにはもっと高くてこれよりクォリティない石がいっぱいあった。
これが買えた石。本物はもっと光っていてすごく綺麗だ。


そして、ストックの石は全部これからDさんにお願いするようにした。
Dさんはまずバンコクから石を輸入して、Dさんの工房でカットして、日本のわたしたちのところへ送ってもらうことになった。バンコクはミャンマールビーとかいい石がいっぱい集まってくるから、そこに集まってきた石を仕入れて、わたしたちに必要な数と大きさを用意してくれることになった。
だから今までは石をスリランカで管理していたけど、これからは日本のわたしたちのところで管理をして、ジュエリーのオーダーがあったら、オーダーシートと一緒にスリランカに送ることになった。
もともとスリランカにあった石をスリランカで買うわけじゃないから、いろいろコストも今までより多くかかってしまうけど、でも今までよりもなんか綺麗な石が手に入るし、日本で陽子ちゃんがお客さんひとりひとりのために合う石を選んでスリランカに送るから、今までよりいいジュエリーを作れると思う。
やっと、わたしたちもビジネスは続けていけそうだと思った。

本当はストックの石まで用意できなさそうだったら、今回注文をもらっているお客さんのジュエリーだけ作って、お店をやめて紅茶ビジネスでもやろうと思っていた。陽子ちゃんがOKをくれない石なら、スリランカでも見つけられるけどいい石が見つからなかったら、もう続けられないからだ。

アショーカと偶然知り合ったのも、きっと偶然じゃないんだと思った。
だから陽子ちゃんがこの人はなんかあるなあと思って見ていたんだね。
わたしたちも石を探すのに苦労して死にそうになっていたけど、
やっと明るい道が見えてきて、また元気になることができた。
ほんとうに神様に感謝している。


帰国しました!!!

皆さん、こんばんは!!ただいま!
9月29日に帰国しました!
すぐに報告できないのですみませんでした。
帰国が遅くなったから仕事がいっぱいで死にそうで、ここをつくる時間がなくて
時間ができたらと思っていたんだけど、やっぱり一言でも伝えないといけないと思って
帰国の報告だけちょっと書くことにしました。

今回は3月に行ったときよりもっと石の仕入れが難しくなって、1個のルビーを探すのに
ラトナプラやコロンボに何回も行って探したり、本当に大変だったんだけど
なんとかお客さんの希望の喜んでくれそうなジュエリーは作ってくることが出来ました!

それと頂いていた募金で、今回もいっぱいの人に喜んでもらえることが出来ました。

あと1日だけ日曜日を利用して、ヌワラエリヤというスリランカで寒い地域にtripにも行けた。
ここは紅茶を作っているところで有名なところです。
いろいろことをもう少しホロスコープ翻訳とか仕事が落ち着いてくると、
1個1個のトピックでここに書きたいと思います。

ちょっと皆さん、待っていて下さい。お願いします。
それと、今回も事故も何にもなくて、元気に帰ってこれました。
応援してくれている人とか神様とか、皆さんありがとうございました。


ヌワラエリヤの郵便局。イギリス支配のところだから町が全部イギリスの建築だ。


作ってこれたジュエリーです。ここに写っていない人も心配しないで下さい。
全部ちゃんとあるので、後で陽子ちゃんがちゃっと送ってくれるから待ってて下さい!

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