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プラちゃんの部屋~変てこスリランカ人留学生(だった)奮闘記~

漢字間違えてても言葉変でも気にしないでね~

スリランカのお葬式

皆さん、こんにちは!
いつも、見に来てもらってどうもありがとう!
最近はまだまだすごく寒くて、今日は大雨だし、日本は不況で大変だけど、
皆さんは元気で仕事とか家のこととかいろいろ頑張ってますか?
わたしは、暑い国に生まれたから冬はすごい苦手で時々風邪をひいちゃうことが多い。
原因は、わたしはスリランカにいたときは、いつも水で体を洗っていたから
熱いお風呂に入るのが苦手で、ぬるいお風呂でゆっくりいろいろ考えたりしていると、
お風呂から出たら、寒くてくさみがいっぱい出て風邪をひいていることが多い。
陽子ちゃんも最初は、かわいそうに思ってくれたけど、何回もだから最近は「またぬるいお風呂に入ったね!これから温度管理をするよ」と怒られることが多い。
でも、わたしは風邪をひいても気持ちがヤバイと思わないのは、風邪薬はスリランカのアーユルヴェーダで作るやつがすごい効くからだ。それは薬草とか木の枝とかを鍋でお湯に入れて煮てつくる薬だけど、これが風邪にすごい効いてすぐに治っちゃうから安心していた。でも、やっぱりあれも薬だから、ぬるいお風呂で遊ばないで風邪をひかないように気をつけないといけない。

You tubeできる人は、これクリックしてみて。いつか大きな家族で踊りたい曲。



そういえば、この前のブログでスリランカの悪魔祓いの話を書いたら、お客さんからスリランカのお葬式はどんなのですかと質問をもらったから、よかった。よかったというのはブログのネタをいろいろ考えないですんだからだ。
スリランカのお葬式は、日本と180度くらい違う。
違うというのは、着るものとかやり方とか、考え方とかが全然違うからだ。まず着る服が日本は黒だけど、スリランカはみんな白い服をきる。男の人は白いシャツにサロンという格好で、女の人は大体白いサーリーを着る。
スリランカではお葬式は、「マラゲダラ」というけど、これは「マラ」は死ぬ意味で、「ゲダラ」は家の意味だ。その意味と同じように、スリランカのお葬式は大体家でやる。それも3日以上かけて、時々は一週間くらいやる。死んだ人は、最初にお葬式屋さんにお願いして、熱いスリランカでも何日も腐らないようにお腹を切っていろいろ処理をしてもらって、綺麗にしてもらって家に運ばれてくる。お葬式は、お坊さんが来てピリットというお経を言って、死んだ人が迷わないで良い来世にいけるようにしてあげる。

それと、大きな違いはお葬式は、死んだ人の家の人だけではやらない。村の人がみんな協力してやることだ。それはとにかく、お葬式には人がいっぱい来るからだ。いっぱいってどれくらいかというと、わたしのおじいちゃんのお葬式には何千人も来たというくらいだ。
どうして、何千人もくるかというと、親戚や仲が良かった人や知り合い以外に、知り合いの知り合いとか、時々は全然知らない人もくるからだ。なんで知らない人もくるかというと、お葬式では来た人みんなにご飯をごちそうしてあげるからだ。何故かお葬式のときのご飯は超おいしくて、みんな行きたい気持ちになる。来た人何百人とか何千人も人に死んだ人の家族がご飯をつくるのは、出来ないでしょう。家族が死んでしまったことがすごくショックで最初は悲しいことだから、やっぱり落ち込んでいる人もいるし、そういうときにご飯を何千人分もつくることが出来ないでしょう。だから、村の人がみんなで協力して作ってあげる。それでお葬式に行くと、「じゃあ、あなたはあの家に行って、ご飯を食べて」と近くの家を紹介してくれる。これが信じられないくらいおいしい。だから、スリランカでは「どこの村のどこかでお葬式がある」という情報を聞くと、みんなで「行こう!行こう!」とまるでお祭りのような気持ちで行く。わたしも若いとき、若い男みんなで自転車でお葬式にいろいろ行っておいしいご飯を楽しんでいた。でも、これはスリランカでは「ずうずうしい」ということにはならない。こういう知らない人やいろんな人にご飯をごちそうしてあげることが、死んだ人にピンになる。ピンというのは日本語で「功徳」ということで、お葬式に行った人にごちそうをしてあげることが、死んだ人が善い行いになって、来世に良いポジションに行くことができるということだからだ。だから、お葬式には知らない人まで何百人何千人もくる。

でも、知らない人がくるということは少し危ないこともあるでしょう。だから、お葬式の家を守るために、お葬式の家をガードをしてあげる人が必要になる。ガードする人は、夜から朝までとか、出来るときにいてあげるんだけど、大体これは若い男が何人もいる。それで、ガードは日本のガードマンみたいに立ってこわい顔をしているんじゃなくて、家の前に椅子とかテーブルをもってきてみんなでゲームをやったりしながらお葬式の家を守っている。こういうとき、近所の人がガードしてくれているからということで、ビスケットとか、ミルクティーとかいろいろおいしいものを持ってきてくれる。だから、みんな盛り上がって、お葬式の家の前でキャーキャーやりながら、おいしいものを食べながら、みんな友達と楽しんでいる。でも、これは死んだ家の人は、こういうことをすごく感謝している。

お葬式で最後の日に、亡くなった人の体をお墓にもっていくときは、みんなで行列になっていくんだけど、お墓をつくったあと、そのまま自分の家に帰る人もいるけど、希望する人はまたお葬式の家に戻ってくる。それで、またご飯をごちそうしてもらう。これは「マラ・バタ」という。「マラ」=死ぬ、「バット」=ご飯の意味だ。これが死んだ人の最後のピン(功徳)になる。だから、家族の人は、そのご飯を食べてほしいと思う。あのご飯は、メニューが決まっていて、パリップというレンズ豆カレーと、干した魚のカレーとかだけど、あれがなんでかわからないけど、超おいしくてたまらない。だから、みんなで「マラバタ食べにいこう」と言ってお葬式に誘っていくんだね。

こんな風だから、日本の悲しいだけのお葬式みたいな感じとスリランカのお葬式は完全に違うと思う。一番大きな違いは、精神的なスタンスのことだと思う。スリランカでは、お葬式は亡くなった人を来世に送り出す式だから、死んだ人がいいところにいけるように、出来るだけピン(功徳)を作ってあげて、じゃあ来世にいってらっしゃいという気持ちでみんな参加する。それは、死んだことは悲しいことだけど、仏教では「死」=悲しいじゃない。仏教では「生きる」=悲しいのほうだからだ。生きていることはお金や仕事の問題とか、家族や人間関係の悩みや恋愛や結婚の問題や、病気とかいろいろ苦しいことばかりだ。人生は苦しいことばかりだから、来世ではもう少し良いレベルになれるように希望する。それで、最終的には輪廻転生という生まれて死んで、生まれて死んでという循環を終らせることを目標としている。これがNirvana(ニルヴァーナ)という涅槃にいくことで、日本語では「解脱」という。

だから、スリランカのお葬式はいなくなってしまうことは寂しいことだけど、次はもっと良い世界で良い人生ができるように送ってあげることだ。だからだと思うけど、スリランカには幽霊はあんまりいない。日本ではすごく幽霊がいっぱいいるでしょう。わたしは前テレビをみて、びっくりしたけど、日本では死んだ子供とか人のことをずっと悲しくて、いつも死んだ人の分のご飯もつくってテーブルにおいたり、死んだ人の部屋をそのままの形でとっておいて、一番驚いたのはあの家族が「いつでも戻ってこれるように」と言ったことだ。あれは、スリランカではどれだけ「パウー」になることか知らないでしょう。「パウー」とは、かわいそうの意味だけど、功徳の反対の意味で死んだ人が悪いことになっちゃうの意味だ。あんな風に、ずっと家族が思っていたら、死んだ人は来世の輪廻転生に乗れなくなってしまう。だから、この世界に残って幽霊になってしまう。だから、日本は異常に幽霊が多いと思う。スリランカでは幽霊は「ホルマン」というけど、わたしはホルマンと聞いてもなんかさっぱりした感じで、全然こわい感じがしない。
でも、日本語で幽霊ときくと、なんかどろどろした感じで超こわくてたまらない。幽霊になって存在しちゃうのは、すごく苦しい世界だから、日本は、そういうふうに愛している家族が死んで苦しいところにいないように、明るい来世に送ってあげる気持ちにならないといけないと思う。スリランカのお葬式は、そういう意味ではわたしは、やっぱり仏教の良いところをちゃんと理解しているから出来るお葬式だと思う。

でも、今ではスリランカでも、お金持ちの人が増えていって、お葬式のご飯を食べることがなんか貧乏で恥ずかしいみたいに思って、わたしはいらないと言って断る人も増えている。それはどんなに国が発展しても、ちゃんと守っていかないといけない伝統のことだと思うけど。

わたしのおじいちゃんのお葬式のとき、来た人にご飯をいっぱい作ってあげないといけなかった。あのとき道の向かいにある超お金持ちの家のお父さんが「じゃあ、うちでも作ってあげようか、何人分くらい用意したらいいか?」ときいたから、わたしの家族は「100人くらいかな」と言った。そうしたら、あのお金持ちの人は「あーそんなにいっぱいは無理だ。10人分くらいかと思った」と言って断った。それをずっと聞いていたわたしの家の隣のお金持ちじゃない小さい店のお父さんが「じゃあ、うちで用意してあげるよ、何百人きてもいいよ」と言って、ご飯を準備してくれた。わたしたちはすごく感謝したけど、お葬式で、ご飯をたくさん作ってあげることはその人のピン(功徳)になるんだよ。最後に作ってくれると協力してくれた家は、きっとお金もかかって大変だけど、それが自分達のピンになるということもちゃんと理解しているし、優しい人たちだからやってくれたと思う。そういう協力は、本当に良いことだから、来世も良いところに近づくことができると思う。ご飯を作るのを断った、あのお金持ちの人は結局、いつもそういう感じだ。いくらお金があってスリランカではハイレベルと思っているけど、精神的にはどれだけレベルが低いかなあと思う。
スリランカが発展していくと、そういうお金持ちの人も増えて、古い伝統も少なくなっていってしまうと思うけど、わたしはそういうスリランカの良いところは、残っていけるように学校で教えることもやりたいと思っている。

全然関係ないけど、最近出来たお客さんのブレスレットだ。




ブレスレットもいろいろ作り方を工夫してもらって、どんどん綺麗に使いやすくなっている。御徒町のすごい上手な職人さんがこのブレスレットを見て、石もいいやつを使っているし、最低30万くらいはするでしょうと言ってくれた!デパートの1階とかで売っているようなブランドのジュエリーは、どれだけ地金を少なくして薄くして安くつくるかということで石もこんなに良いものを使わないって。オーダーメイドだし、わたしのお店のブレスレットは、デパートの8階とか上の階のハイジュエリーの店にすごい高い値段でおいてあるものだと言ってくれた!ちゃんと利益をもらうなら、本当はわたしたちも値段を上げたい気持ちはあるけど、わたしのお店は利益が1番の目的じゃないからいいと思っている。
ブレスレットが綺麗にできて私も嬉しいから、いろいろ形をつくって遊んじゃった!
このお客さんは、前にベビーリングペンダントを買ってくれたお客さんだけど、メールをみていると、とても性格が良くて優しそうな女の人だから、わたしがいろいろ遊んでも許してくれるかなあと思う!あとちゃんと陽子ちゃんが浄化をしてくれるから!
でも、性格が良さそうないい人だから、やっぱり良いものをもらえるんだね。
今度は自分の手に宝石が見えるから、もっと石がパワーをくれると思う!


お葬式話と関係なくなっちゃったけど、いつもありがとうございます。
スリランカはお葬式もいろいろ写真を撮るから、今探しているけど
あったらまた写真を入れるよ!
長くなっちゃったけど、読んでもらってありがとう!
皆さんも風邪とかいろいろ仕事とかストレスで病気にならないように
野菜をいっぱい食べて頑張って元気の春になるといいね。

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スリランカと日本の不思議なこと

皆さん、こんにちは!
いつもこれを見に来てくれてどうもありがとうございます。
あと、新しい年になっても、いろいろご注文をもらってありがとうございます!
いつもオーダーが落ち着いたら、わたしのために、スリランカとPをイメージしたペンダントを作りたいと思っているけど、なかなか作れない。でも、いろいろお客さんから、メンズペンダントとか面白い注文もあったりして楽しい。私は日本にはあまり、宝石や金のジュエリーが好きな男の人は少ないと思っていたけど、意外と多いからびっくりしている。

わたしは、日本にきて9年目になった。
今は、日本の食べ物や文化とか何でもわかっていると思っていたけど、
まだまだ知らないこともたくさんある。
あと、日本人から見たら、そんなの知っているということが、
わたしは日本にきて初めて知ったこともいっぱいある。

この間お客さんから、お礼のお菓子をもらった。
陽子ちゃんは、「プラちゃん、目閉じて」といって、わたしは目を閉じたら
口の中に甘い超おいしいお菓子を入れてくれた。陽子ちゃんがこれ何?と聞いたから、
わたしは「チョコレート」と言ったら、陽子ちゃんが「えええーーーー?」って驚いた。
これ、キャラメルだよ~知らないの?って言われた。わたしはキャラメルという言葉を聞いたことがあるけど、キャラメルがこんなに柔らかくておいしいお菓子だとは知らなかった。
その後、また陽子ちゃんに同じことをされた。今度はキャラメルだとわかっていたから、
「キャラメル」と答えたら、あれはミルクの国というミルク味のアメだった。
わたしは、きっとまだ何かいろいろ間違ってわかっていることも多いのかなあと思った。

あと、この間テレビで見て、初めて知ってショックでびっくりしたことがある。
それは、わたしが子供の頃、見た光のことだ。子供の頃、わたしの家は、
毎日夕方から夜、みんなで瞑想をしていた。瞑想を終って、何も用事はないけど、
ドアを開けて外に出たら、空に見たこともない大きな光が見えた。それは色んな色の光が出ていて、すごく綺麗でびっくりして、家の中にいるお母さんを呼んだら、あの空の光から、わたしたちのところにスポットライトみたいにわたしとお母さんを明るくした。その瞬間にあの光はシューッと違う方向にすごい速度で移動して消えた。
あれは、わたしもお母さんも、神様だと思った。あれは瞑想を毎日していてわたしもお母さんも精神が発展していたから、ヒンドゥー教の神様が姿を見せたと思っていた。

だけど、わたしたちが見たのとそっくりだったのがこないだテレビでやっていた。
それはUFOというやつだった!!!
わたしは、陽子ちゃんにUFOのことをいろいろ聞いたけど、「あー、もうUFOなんてみんな知っているよ~そんなの10年以上前にはやったよ~」って言った。
わたしはUFOにはまって、You TubeでUFOの動画ばっかり探してみたけど、
やっぱり、わたしとお母さんがみたやつは、UFOだと思った。
陽子ちゃんが、どこかの国の遺跡にも、UFOがきた感じの跡があるけど、UFOをその時代の人はやっぱり神様みたいに思っていたと教えてくれた。スリランカでは、UFOという言葉も誰も知らない。やっぱり発展途上国だからテレビでそういう番組をやらないし、知らないんだと思った。でも、思うのはどうしてあのとき、すぐに消えちゃったのかなあと思うけど!陽子ちゃんが誘拐されなくて良かったじゃんと言ったけど、わたしは、宇宙人のこととか、UFOのことはもっと調べてみたい!

あと、あのテレビでやっていたのはキリスト教の悪魔祓いのやつだ。
あの番組をみたら、悪魔がきたら、その人が本当に悪魔みたいにギャーギャー叫んで動いたり、それを払うためにお経を言ったり、悪魔が入った体にパワーオイルを塗ったりしていたんだけど、スリランカの悪魔祓いともすごい似ていると思った。
スリランカでも、パワーのあるお坊さんがオイルにお経を入れて、パワーオイルを作ってお守りにしているし、悪魔祓いの方法も似ている。

スリランカでは悪魔祓いは、今は少なくなったけど、まだやっているところがある。信じられないかもしれないけど、20年くらい前、わたしのお母さんの実家でも、悪魔がいろいろ意地悪をして、おばあさんの兄弟におかしな病気を作ったり、ご飯を食べるときみんなのお皿に石を入れたり、迷惑なことがいっぱいあったから、大きな悪魔祓いをしたことがあった。スリランカの大きな悪魔祓いは、夜から朝まですごい時間がかかって、大きなお祭りみたいなことになることもある。悪魔祓いをする人が、何かお経を言いながら、火を口の中からフーッとはくと、あの火は何メートルも伸びて悪魔を怖がらせる。それで悪魔は、最終的にはトイレに逃げたけど、強いパワーがある人が悪魔を小さな入れ物の中に入れて、悪魔を消してもらった。途中で悪魔が入った人は踊ったり、いろいろ変な状態になることもある。これは、陽子ちゃんは知らないと思っていたけど、なんと日本で「スリランカの悪魔祓い」という本が出ているんだって!!!
でも、悪魔祓いとかそういう宗教のことは、宗教が違ってもやり方が同じことが多いのは、それが嘘じゃないということだと思う。スリランカでも今は、信じない人も多くなっているし、悪魔祓いを出来る人が少なくなっている。悪魔を祓う人と悪魔を体に入れる人は修行も必要だから難しいと思うけど、わたしはそういう伝統は馬鹿にしないでちゃんと続いていけばいいと思っている。

あと、大体日本語は覚えたけど、まだまだ知らない言葉があって、
時々陽子ちゃんにどうして早く教えてくれなかったのって聞くことも結構ある。
最近覚えた言葉が、「やんちゃくらしい」と「傲慢」という言葉だ。
やんちゃくらしいは、わたしが靴下を部屋で脱ぎっぱなしにおいていた時に
「も~やんちゃくらしいことしてー」と言われた。
その時はあれっと思ったけど、後で何回も言われたから意味がわかった!

傲慢という言葉は、テレビでレポーターの女の人が有名なお寺に行って、
「どうかお金がたまりますように!」と大きな声でお願いしたやつを見て、
陽子ちゃんが「ゴウマンだね~」と言った。わたしは意味を教えてもらって
日本の人がいつもはお寺に行かないのに、新しい年になって1回か2回だけ行って、
10円とか100円とか小さなお金を入れて、
「今年は仕事がうまくいきますように」とか「宝くじに当たりますように」とか
「恋人が出来ますように」とか、いろいろお願いをするのはやっぱりわたしも「傲慢」という言葉がぴったりだと思った。

傲慢だと思うのは、仏陀が神様じゃなくて、人間だからだ。仏陀は、人の正しい道を教えてくれる人だけど、宝くじをあててあげるために力を貸してくれる人じゃない。
わたしの国は、小さい頃から仏陀を人間のお手本としてすごく尊敬してきた。
スリランカでは、日曜になると子供はお寺にいってお坊さんに仏教を教えてもらう。

日曜に仏陀にお供えする花を準備する子供






スリランカの人がどれくらい、仏陀を尊敬しているかというと、仏陀が生まれてから死ぬまでの人生の映画や番組をつくるとき、仏陀の役の人を設定できないくらいだ。
仏陀に合っている人を役にしたとしても、たぶんその映像を見た人から、クレームがくる。だから、そういう番組は仏陀は何か絵みたいなもので表現されたりして、俳優が演じることはない。

尊敬する人だから、仏陀に自分のための「金運が上がりますように」とかそんなこと、
恥ずかしくて言うことはできない。というか、どうしてお願いをするのか意味がわからない。お願いをするなら、神様に自分はこういう良い行いをするから、このお願いをかなえて下さいとお願いした方がいい。スリランカでは、ヒンドゥー教のお寺は「コーウィル」というんだけど、こういうことをお願いできる。

ヒンドゥー教のお寺


あのテレビをみたあと、わたしは後で陽子ちゃんと話し合った。
わたしはどうしても、日本人のお寺にいってお願いをするのがなんかいやだと言ったけど、陽子ちゃんは仏教はスリランカには、あまり形を変えないで残っているけど、世界に仏教がここまで広がったのは、その国や文化に合わせて仏教が形を変えていったからで、そういう変化は仕方ないことだし、その変化したものを下に見るのは良くないと言った。
それに、すべてのものが変わっていくというのが仏教の基本の考えでしょうと言った。
でも、陽子ちゃんも傲慢だって言ったでしょうとわたしが言ったら、確かにそうだけど、お寺でも、自分のためにお願いをするんじゃなくて、誰か人のために「あの人が頑張っていることが成功しますように」とか「あの人の病気が治りますように」とかそういうふうにお願いをするのは、お願いをする人の心がそのとき綺麗だからそれは傲慢じゃないと言った。

いろいろ話し合って、仏陀は、自分の利益ばかりをお願いする人には絶対かなえてあげるわけはないけど、人のためにお願いをすることは仏陀じゃなくて、そこのお寺にいる良い神様が聞いていて、かなえてくれることもあるかもしれないという結論になった。じゃあ、誰かが自分のことを祈ってくれればいいんじゃんということです。でも、そうなるためには誰かが自分のことを助けてあげたいと思ってくれたり、何かを自分のためにお願いしてくれるような人にならないといけない。結局、そういう人になるためには、自分のことばっかり考えているような人だったら無理だから、やっぱり仏陀の正しい道に戻ってくる。そういう結論になって、わたしは納得して寝た!

時々、わたしと陽子ちゃんは寝る前にそういう討論を始めて、何時間も止まらなくて朝になるまで喧嘩みたいになることがある。それはわたしが仏教のことを世界で1番正しい宗教で、仏教の中でもスリランカの仏教が1番だということを言うと、陽子ちゃんは他の宗教のいろいろいいところを言って、どれが1番とは言えないと言うからだ。陽子ちゃんは学者を目指しているから研究者はいろいろものを客観的に考えないといけないという。でも、陽子ちゃんも仏陀とかシヴァとか神様を信じているでしょうと言うと、スリランカの仏教は好きだし、自分もその立場でいるけど、いろいろな批判もあったら客観的に考えていかないといけないと言ってこわい口になる。でも、わたしは仏陀が何のためにスリランカに3回もきたのか知っているし、仏陀の道が一番正しい道だと信じている。

でも、なんだかんだいってもわたしはスリランカのお坊さんみたいに、何も楽しみもなくて
結婚もしなくて、修行ばかりすることが出来ない。だって、今はUFOに興味があるから!
陽子ちゃんもアグリーベティというアメリカのドラマにはまっているし!
でも、仏陀も中道ということを言っているし、わたしも毎日お客さんが少しでも満足してくれるものが出来るようにあっちこっちに連絡をしたり、翻訳をしたり頑張っているし、陽子ちゃんも夜中までお客さんの悩みを聞いているし、少しは楽しみもあった方がいいと思う。

これを読んでもらっている皆さんも、もし苦しいことがいっぱい続く日があったら、
自分が楽しめるこも何かやって、人生が苦行ばかりにならないように、中道をいくといいと思う。でも、お寺で仏陀にお願いをするのはやめて下さいとはわたしは言えないけど、あまり良くないと思う。お願いをするなら、自分が正しい道にいけるようにリードして下さいと言うか、誰か、大事な人のためにお願いするほうが結局は自分のためになるかもしれない。

今年もよろしくお願いします。

皆さん、こんにちは。
お正月はゆっくり休めましたか?
わたしは、いつもはお正月は日本にいるわたしの親戚の家に行ったりするんだけど、
日本に住んでいるわたしの殆どの親戚は、スリランカで親戚の結婚式があったから
お正月はスリランカに行っていた。結婚式は、コロンボのヒルトンホテルでをやると言っていたから、すごい結婚式になると思って、わたしも出来たら行きたいと思ったけど、
去年わたしたちは2回もスリランカに行ったし、行ったらいっぱい仕事が増えちゃっていろいろ忙しくなりすぎるから、今回はわたしたちは行かないで日本にいた。

でも、お休みでも大掃除もお正月になって手伝ったり、わたしの国に送るNew Year Cardをかいたりゆっくりだけど、いろいろお正月っぽいことを出来てよかった。それにお正月はお笑いがいっぱいやっていたからテレビをみたり、いつもよりゆっくり休めてよかった。

今年から変わったことは、わたしは陽子ちゃんにスリランカの文字を教えるようになったことだ。今年はNew Year Cardを陽子ちゃんがスリランカの言葉で書くといったから、それをきっかけにしてもっと字を覚えてもらうことにした。陽子ちゃんは言葉はしゃべれるけど、文字はぜんぶ同じに見えるといってすぐ諦めていたから、今年からわたしが責任をもって教えようと思った。

これが陽子ちゃんがカードに書いた字。「みんな元気で楽しくいてね、ヨーコ」と書いてある。


陽子ちゃんの字は、新聞のプリント文字みたいにすごく上手でほめてあげたけど、これは字じゃないよ、スリランカの文字は絵だから絵が上手だったら字がきれいにみえるんじゃんと言われた。
でも、人に字を教えるというのは大変だ。わたしは昔、スリランカで英語の先生をしていたときは、楽しくて教えることは簡単だったけど、違う国の人に文字を教えるのは少し難しい。今おもったら、陽子ちゃんが漢字を教えてくれたのも、大変だったんだなあと思って、今は感謝している。あ、でもあれがきっかけでわたしと陽子ちゃんが仲良くなったんだ!

新しい年になると、今年はあれをやろう、これを頑張ろうと決めたくなるけど、やっぱりそういうのは大事だと思う。わたしは大学を卒業して、ノートに難しい字をいろいろ書かなくなってから、字が読めるけどかこうと思ったら忘れていることが多いと気づいた。だから、私も、新しい漢字練習を買ってあいている時間で少しずつ勉強することにした。

わたしと陽子ちゃんが将来目指していることは、貧乏な人がパソコンの技術を習ったり、英語や日本語を勉強できるようなInstituteをつくることだから、こういう小さい経験もいつか役に立つと思って、小さいことだけどちゃんとやっていこうと思っている。

お正月は、わたしたちの幸せな環境とは反対に、戦争の爆撃で死んだりケガをしたり、大変な人も世界にはいっぱいいたでしょう。わたしは、子供の頃、スリランカがすごく内戦で大変だったとき、近い人が本当に殺される恐怖があった。軍人や警察が家にくると、お母さんが「逃げてー」と言って、わたしは一生懸命走って森の中へ隠れたこともあった。
だから、お正月のこんなゆっくりした世界と同じ時間に、あんなこわい思いをしている人がいっぱいいるんだなあと思ったら、かわいそうで悲しくなる。
だから、戦争は早くおわればいいと思う。スリランカの内戦はいま、一部の地域だけで殆どの地域ではみんな昔のことは忘れたみたいに明るくて元気で楽しい生活をしているけど、本当に国の全体の平和に近づいたらいいと思う。
津波でめちゃくちゃになったところの地域のひとは、まちの復興のために仏教のシンハラ人もタミル人もムスリム人もクリスチャン人も助け合って、まちを直して、今は前よりも綺麗にいい町になっているところもある。

今年もたぶん世界ではいろいろ悲しいことがあるけど、平和の解決が出来るように、正しい判断ができる指導者の人がリードしてやっていってくれたらいいと思う。
正しい判断ができるようになるためには、いろいろたくさんの知識を利用して考えることが大事だから、やっぱりそういう基本をつくるためには教育が大事だと思っている。
わたしがいつか作りたいInstituteは、そういう目的のために、貧乏な人でもいろいろ学ぶことが出来るところを作らないといけない。

でも、そのためにはわたしがもっと頑張ってちゃんと資本もためないといけないね!
わたしは宝石が大好きだし、自分の仕事はとてもProud仕事だと思って自信を持っている。
時々アパラムッダのおかげで助けてもらいましたというメッセージをもらうと、本当に頑張ってよかったと思うし、わたしのお店を見つけてくれたお客さんにもすごく感謝をしている。
石のルートが段々少なくなっていって、お客さんに簡単な値段であげることは難しくなっているけど、出来るだけ良い品質のものを、買いやすい価格で作っていきたいと思う。
わたしは今年のお店の目標は、指輪のデザインをもう少し増やすことだ。
それはわたしの感想では、指輪が一番効果があるような気がするから、もっといろいろなデザインの指輪も作っていきたいと思っているからだ。
わたしはいろいろ陽子ちゃんに提案をしているけど、綺麗なデザインはいっぱいだけど、
服をきるときにひっかかるとか、料理をするのにめんどくさいとか、いろいろ問題があって、
なかなか指輪のデザインを増やすことが難しい。
だから、もし、こういうデザインを作ってほしいとか、何か小さくても希望があったら、お問合せのメールを下さい。

話がいろいろになったけど、このメールで書きたかったことは、去年までは本当にいろいろ皆さんにお世話になりました。今年も宜しくお願いします、ということです。

今年は、去年まではいろいろ大変だった人も、ちゃんと頑張ってきたことが成功したり、
レベルアップしたり、雨がやんだみたいに明るい年になれるといいと思う。
わたしも陽子ちゃんも、今まで買ってくれたお客さんがみんないいところにいけるように
いつもお祈りしている。

健康にきをつけて、また今年も頑張っていきましょう!!!
どうぞ宜しくお願いします。

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